日曜はじまり日記|11月8日の週

11月8日(日)晴れ

休日。温泉に浸かりたくてひとりで青根温泉に行った。紅葉が見頃の道をびゅーんと運転しながら、いろんなことを際限なく考える。音楽を聴き、歌をうたう。温泉に着いてとぽんとお湯に浸かる。極楽。こういう余白を求めていたんです。
脱衣所のロッカーはコイン式になっていて、隣にいたおばちゃんが手を滑らせて百円玉を落としてしまった。足元に転がってきた硬貨を拾い、はいどうぞ、ああどうもねえ、というやり取りをしたとき、懐かしい感覚がした。マスクなしで知らない人と朗らかに近い距離で話した、そんな些細なことが嬉しい。嬉しくて切ない。すこし前まで普通だったこと。これから一生マスクをして生きていくのかも、そんな気がしてくる今日この頃。
産直の「なめこ」看板に惹かれて、なめことゆずを買った。今年もゆずの季節が来た。去年は台風被害のボランティアで丸森に通い、いつも帰りに道の駅でゆずを買っていた。あれから1年が過ぎたことはもちろん知っていたけど、ゆずを手にした瞬間に、時間の感覚が、重みが初めて腑に落ちた。
近くのお土産屋さんへ行くと、ラジオから大阪都構想の話題が聞こえてくる。「やってみないとわからないじゃないですか、やってみないとわからないことに挑戦できるメンタリティが日本にはないのかなって、残念に思っちゃいました」挑戦できるメンタリティかあ。そんな余裕、たしかにない。

温泉帰りにいろいろ寄り道をして、ということを書こうと思っていたけど、今日はもうそれどころではなくなった。帰りに近くのタリーズに寄り、上間陽子さんの『海をあげる』を読み終えたら、圧倒されて、どうしたらいいかわからなくなって何度も泣いてしまった。最後の数ページで突然ことばがこちらに向かってきて、それを「突然」だと思ってしまったことで、自分が安全な場所から眺めていたことに気づく。

帰宅すると、ちゃんちゃんこを着たたいちゃんが出迎えてくれた。「ゆうゆ、あかちゃんまんだよ」ここ数ヶ月、たいちゃんの一人称はなぜか時折「あかちゃんまん」になる。あかちゃんまんただいま、と言いながら抱き上げると、おりる、と言って腕からするりと逃げた。たいちゃんはいつも塩対応。すると今度は「ひくいひくいして」とともちゃんが足に抱きついてくる。「ひくいひくい」はわたしの専売特許で、ともちゃんを抱き抱えてぐるぐる回る遊び。魔女の宅急便の中でキキがお父さんに「高い高いして、昔みたいに」と言うシーンがあり、それをやってとせがまれたときに、「高い高いは無理だけど低い低いならしてあげる」と言って以来、「ひくいひくい」はわたしたちだけの合いことばになった。ぐるぐる回りながら、ともちゃんはキャハハと笑う。
この子たちに理不尽を背負わせたくない、そう思う権利がわたしにあるんだろうか。穏やかで温かいこの生活はあらゆる犠牲の上に成り立つ。その犠牲がどんなものなのか、知らなければと思う。

なんだか気持ちが落ち着かず、夕食後、車のオイル交換を口実に家族団欒を抜け出した。閉店間際のイエローハットに滑り込み、作業が終わるのを待っている間になかっちゃんからラインがきた。東京の忘日舎さんでのトークイベントで、淺野さんが『まどをあける』のことを話してくれていたらしい。コロナ禍で気持ちが落ち着かず本が読めなかったとき、誰かの日常のことばに救われた、それが『読むことの風』をつくることの背中を押してくれたと。『まどをあける』をつくって良かったことはたくさんあったけど、淺野さんのことばは何よりも嬉しい。
本を開いても頭に入らず数ページでやめてしまう、そんなことを繰り返していたとき、淺野さんがつくった詩集に救われたことがある。ことばがすぅっと体に入ってくるようで、夢中になって一気に読んだ。こんこんと湧き出す感情のなかに潜っていくような不思議な感覚だった。その日からまた、本が読めるようになった。


11月9日(月)晴れ、ときどき雨

休日。午後、長期休業から明けたボタンに行きたくて仙台へ。仕事がない日に街中に来るのは本当にひさしぶりというか、ほぼ初めてのような気がする。片山玲子さんの『惑星』、なかっちゃんがおすすめしていた『整体対話読本ある』、そして佐藤ジュンコさんの『栗尾根マロン彦のマロン飛行』2冊を買った。マロン彦の本は、自分用となかっちゃん用。帯の色が4色あって選ぶのが楽しい。店主の薄田さんとお話しして、『まどをあける』も少しだけ置かせてもらい、ほくほくした気持ちで店を出た。
せっかくなので火星の庭にも寄る。いつかは読みたいと思っていたブルデューの『ディスタンクシオン』が入り口近くの棚に差してあり、手に取って眺める。ずっしりと重い2冊組。欲しいけど高いなあ。そしておそらく買ってもしばらくは積読にするのだろう…。しばらく迷ったものの、最後はえいやっとレジに持って行くと、最近こんなのも出たんですよ、と前野さんがバックヤードから本を1冊出してきてくれた。『リッチな人々』という、ブルデュー社会学を漫画でわかりやすく解説した本で、ちょうど読み終わったからと売ってくれた。これならすぐにでも読めそう、とっかかりのハードルが一気に下がる。前野さんの気遣いもうれしくて、またほくほくした気持ちで店を出た。


11月10日(火)くもりのち雨

仕事。朝から何となく緊張していて頭が働かず、「今日はポンコツなのですみません」と言いながら過ごした。どうにかすべての予定をこなして早上がりし、ずいぶん前から計画していた飲み会へ。18時前から飲み始めてなんと22時まで喋り倒す。時間を気にせずに人と話したのはいつぶりだろう。もっといろんな人とたくさん話がしたいけど、コロナが収束するまではやっぱりだめなんでしょうかね…。コロナ以前に、ご飯に誘うスキルが低いという問題はあるが。


11月11日(水)晴れときどき小雨

寒い。お昼に外のベンチでパンを頬張りながら、もう限界だと悟った。冬が来た。
仕事中に見た映像作品に衝撃を受け、感想を言語化しようとしてもどうしたって陳腐になってしまう気がしてもどかしい。動揺を悟られまいとして何食わぬ顔でスタスタとトイレに逃げた。2度目に見ると最初の衝撃は薄れていて、ああ、最初に見たときの気持ちをもうすこしちゃんと見つめておけば良かったなぁと後悔。ことばばかりに頼って生きてきた感があるけど、映像の情報量は有無を言わせずやっぱりすごいと改めて思う。あまりに多くのものが伝わるから、ときどき受け止めきれなくなる。


11月12日(木)くもり

くたくた。仕事でたくさん電話をかけた。電話自体は嫌いじゃないのだけど、リストの上から順にかけていると過去の悪行を思い出してしまい、どろどろしたものがよみがえってくる。もう二度と詐欺には加担しない、胡散臭いものには近づかない、そう誓ってから5年以上が経ったが、一点の曇りもなくホワイトであるというのは意外と難しい。「どんな立場にいたとしても、自分が発したことばに責任を持てなくなるくらいならその場を離れよう、何の取り柄もないわたしが自分を肯定できる最低限の条件が、実感に即したことばを使うことだと思う」過去の日記にはそう書いてあって、そんな若き日のあなたの切実な誓いを守ってあげられる大人になりたいですと思う。


11月13日(金)晴れ

テレビで東京のイルミネーションの話題が出てきて震えた。もうそんな季節。年末年始はざわざわするからちょっと苦手だ。


11月14日(土)晴れ

もう11月半ばだということに驚愕する。ここ最近何してたんだっけ、まったく思い出せないけど、日記を書いていたおかげでそれなりに生きていたことがわかって安心する。帰宅して、先日ボタンで買った佐藤ジュンコさんのマロン彦の本を開いた。マロン彦、愛しい。ざわざわしていた頭の中が静かになって、ぐっすり眠れた。