ほんの日記|2021年9月

(左奥は買った本、平置きは読んだ本)

◎読んだ本◎
『インディアスの破壊についての簡潔な報告』『歴史の話』『生活改善運動vol.1〜3』『呪文』『イエスの意味はイエス、それから…』『落としもの』『声は無けれど』『英語日記BOY』『まとまらない言葉を生きる』


9月1日(水)雨

雨。『インディアスの破壊についての簡潔な報告』を読み終えた。この時代については奴隷制度の悲惨さのイメージが強かったけど、たくさんたくさん殺されたあとに残った一部の人たちが奴隷になったのであり、奴隷になる以外の人はほとんど殺されてしまったというのが実際なのかもしれない。真実はわからないけど。最後の解説で、この報告がのちに政治的に利用されたことが書かれていた。インディオの虐殺なんてなかったと歴史を修正したい人からは「黒の歴史」と呼ばれ、スペインを敵視する人からは英雄視される。時代を経てそれぞれの都合の良いように読まれ、使われてきた。著者の切実な告発が政治利用されてきた、それも歴史だ。

9月2日(木)くもり

朝は晴れていたのにだんだん曇ってきた。昼休みにベンチで『生活改善運動vol.1』というZINEを一気に読んだ。
風呂で『歴史の話』を読み始める。「日本」という言葉を無批判に使うことについての考察が新鮮だった。そんなことを何も気にしたことがなかったわたしはマジョリティなのだと思い知る。

9月3日(金)晴れ

空一面にひつじ雲。秋。星野智幸の『呪文』を読み始める。

9月4日(土)雨

休日。涼しい。虫の声がすっかり秋。『呪文』読み終える。現代社会の膿をいろんな視点から描いた作品。DaiGo的なものにも通じる内容。最初はすごく面白くてどんどん読み進めていたのだけど、後半は展開が急でちょっと付いていけず。面白いがゆえに、もう少しじりじりと物語に入り込みたかったかも。咀嚼できないままラストを迎えてしまうのは読み手の力量不足なのかもしれないけど。
夜、『イエスの意味はイエス、それから…』を読み始める。案の定ふせんだらけ。ああ、良い本だなぁ。

9月5日(日)雨

家からほぼ出ず。『イエスの意味はイエス、それから…』を読み終える。ほんとうに良い本だった。大切な言葉をたくさん受け取った。

9月7日(火)晴れ

しばらく積読になっていた横田創の『落としもの』を読み始めた。小説なのかエッセイなのかも知らずに買ったけど、面白い。慣れるまでは読みにくかったけど、だんだんクセになる短編小説。
寝る前に半空文学賞のラジオの入賞作品発表を聞いていたら、なんとアナウンサーの中桐さんの作品も入賞したことが判明。岡田さんの素のリアクションに笑ってしまう。

9月9日(木)晴れ

ほそぼそと『落としもの』の続きを読んでいる。短い物語の中で主人公がぐるぐる入れ替わる。平穏な終わりを期待するけどまったく違う方向に裏切られ続ける。物語の行方に不穏さを察知すると、ぞわぞわするけど怖いもの見たさで読むのを止められない。なんだこれ、すっごく面白い。

9月10日(金)晴れ

休日。帰りに本屋でHanadaに載っている村井知事の記事をパラパラ読んで悲しくなった。「ふだんから政府批判をしている人たちがオリンピックをダシにして批判していた」「政治とは無関係なはずのオリンピックを政府批判に使うのが許せない」「原発デモに参加しているメンバーもいる」。この雑誌で政治家がオリンピックを政治利用しまくってきたことを差し置いて何を言っているんだろう。この記事が載ることで県民にどんなメッセージが伝わるか、考えてみてほしい。

9月11日(土)くもり

アマプラで『三島由紀夫vs東大全共闘』を見た。出演者がみんな魅力的。三島は人間らしくて誠実で、全共闘の芥正彦は圧倒的に魅力的だけどそれゆえにとても怖い。選ばれた人間だけが放つ、絶対にかなわない畏怖みたいなものがあった。

9月12日(日)晴れ

昨日に引き続き三島由紀夫。アマプラで『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』を見た。うーん、昨日ドキュメンタリーを見たばかりだから、三島由紀夫のカリスマ性や肉体美が再現されていないのを残念に思った。ちなみに、死に様の美しさにごだわって切腹をしようとする人は腹筋を鍛え上げるのだということは、最近『呪文』を読んで知った。
しかし、三島由紀夫のことを今までよく知らなかったけど、今更ながらすごい人だな……。Wikipediaの長い長い説明をずいぶんと読んでしまった。

9月13日(月)晴れ

体がだるく、小さな空回りも積み重なって心身ともに滅入っていたので、仕事帰りにベンチにもたれてぼーっと空を見ていたら、上からカラスの糞が降ってきて鎖骨のあたりの服にビチャっとかかった……。思わず飛び上がり、もうひどいよーとカラスに向かって呟いてみたのだけど、より一層虚しさが増したのでとぼとぼ車へ向かう。
ひんやり湿った肩のあたり、ほのかに臭い気がするけど直接嗅ぐ勇気はなく。すぐに着替えたい気持ちはありつつも家に帰りたくなくて、糞を付けたままブックオフに寄る。ここで知り合いにでも遭遇して、ねぇ聞いてよーさっきさーって面白おかしく話せたらいいのだけど、地元に帰ってきてからはもう偶然知り合いにばったり会うなんてことはない。知り合いがいない町、淋しい。
本棚を見ていてふと目に留まったスズキナオさんとパリッコさんの『読むお酒』をぱらぱらめくっていたら、坂本龍馬がノンアルの龍馬を飲んだらこう言うかも、みたいなくだらないことがいっぱい書いてあって、ふふっと笑っていたら気持ちが軽くなった。ああ好きだな優しいな。ありがとうお二人、という気持ち。新田次郎の『剱岳 点の記』を見つけたのでそれも合わせて買った。

9月14日(火)くもり

仕事終わりにワクチン接種。帰りのバスで『声は無けれど』を読み始める。教育・農村・女性問題について評論活動を行ってきた丸岡秀子が、同志として支え合ってきた50代の娘に先立たれたあとに書いた本。丸山秀子のことはよく知らないけど、以前何となく気になって買ってみたのだった。まだ序盤だけど、沁みる言葉ばかり。

9月15日(水)晴れのち雨

休日。副反応で昨夜はなかなか寝付けず、目覚めると38.4度。布団の中で、気楽に読めそうな『英語日記BOY』を一気に読んだ。去年買ってから一度も開いていなかった。こういうハウツー本はものすごく久々に読んだけど、読みやすいし面白い。しばらく横になって寝て、夕方熱を測ると39.0度。まったく下がらない……。

9月16日(木)雨

朝起きると38度まで熱が下がった。だいぶ楽。午前中にアマプラで『ある戦争』を見る。続けて去年ベイルートで起きた爆発事故をテーマにしたドキュメンタリー『ショック・ウェーブ』も。「世界がここで苦しんでいる人を見るのが普通になった。許せない」という女性の言葉が心に刺さる。『聖者たちの食卓』も見た。
夜には微熱まで下がり、『声は無けれど』の続きを読み終えた。丸山秀子の娘・明子さんの訃報に寄せられたさまざまな方からの慰めの言葉がすべて宝物のよう。人と人との関わりの尊さが詰まっている。

9月19日(日)晴れ

雨上がりの気持ちの良い秋晴れ。4日ぶりの仕事。朝の山の木々と広瀬川がきれい。小森さんが、前に話していた西多賀療養所の映画『ぼくのなかの夜と朝』のブルーレイを貸してくれた。うれしい。

9月20日(月)晴れ 敬老の日

朝、橋の上で写真を撮っているおじさんがいて、つられてレンズの先を見たら広瀬川がきらきらして綺麗だった。世は連休最終日。
仕事帰りにドトールで『まとまらない言葉を生きる』を読む。19時に地下階が閉まるのと同時に店を出て、ブックオフまで歩く。欲しかった川上未映子『ヘヴン』と、ずっと怖くて手に取れなかった『あの子は頭が悪いから』が220円だったので迷った末に買う。
それから歩いてフォーラムに行き、小森さんが教えてくれたケリー・ライカートの特集上映で『オールド・ジョイ』という映画を観た。この映画すごく好きだなぁと思いながら、でも何の映画かと聞かれたらよくわからない、感想を言語化するの難しくて笑っちゃうな〜と思って劇場を出たところで、小森さんが「変な映画だった」と言いながら笑っていたのでなんだかほっとした。変な映画って言っちゃって良いんだ。「悲しみは使い古された喜びなのだ」というセリフが、オールド・ジョイというタイトルの由来。また観たい。

9月22日(水)晴れのち雨

夜、radikoで星野源のオールナイトニッポンを聴きながらちょっと泣きそうになってしまった。星野源とチキさんのやわらかい関係性、尊い。

9月23日(木)晴れ

夜のうちにザバザバ雨が降り、朝はカラッと晴れている。空気がきれい。朝またオールナイトニッポンをタイムフリーで聴きながら通勤して優しい気持ちになった。
聴きながらいろいろ考える。チキさんが、「いまの時代は『これからはもうしません』っていうのが大事な言葉になってくる」と言っていた。最近じわじわと、主に自分がマジョリティであることに無自覚であるがゆえに息を吐くようにしてきた差別とか、刷り込まれた言葉や感覚について意識にのぼるようになってきた。自分が下駄を履いていると気づくのは怖い体験だし、悪意がなかったことについて突然責められたら反発したくなる気持ちも正直わかる。でも一度そうやって責められでもしないと、なかなか向き合うこともできない。だからショック療法のように、強い言葉が必要なのだろうとも思う。その役割を担ってくれている人たちの言葉に、ちゃんと耳を傾けないといけない。

9月24日(金)くもり

石巻の一箱古本市に応募してみることに。直前だから受け入れてもらえるかわからないけど、ひっさびさに古本市に出られるとしたら楽しみ。応募メールは出してみたものの、返事は来るだろうか。
『まとまらない言葉を生きる』の続きを読む。主に障害者運動の話を軸にしながら、生きることとそこにある言葉を問う内容。すごく面白い。

9月25日(土)くもり

休日。窓を開けて庭を眺めながら、ともちゃんが「静かにして、ほら、葉っぱに雨が落ちる音だよ」と言う。「ボッ」のような「タンッ」のような、葉っぱに雨が当たる音。耳をすまして聴く。しずかで幸福な時間だった。
午前中に紀伊國屋に行き、『夏物語』、『新聞記者、本屋になる』、『みらいめがね2』を買う。『東京の生活史』は、仙台ではどこで売ってるんだろう。帰宅して『まとまらない言葉を生きる』を読み終える。ふせんがいっぱいになった。「隣近所」と「地域」という言葉の生活実感の違いについて。人権という言葉がもつ本来の切実さをあらわす言葉が日本語に存在しないこと。「遠慮圧力」のはなし。あとがきの「要約できない『まとまらなさ』こそ愛おしい(中略)そんな愛おしさが涼しい顔してちょこんと座っていられる世界でありますように」という言葉がじんと沁みた。
そして今日、なかっちゃんのお店「ニカラ」がオープン。たくさんの人に祝福されて、興味を持たれているのが伝わってきてこちらまで嬉しい。
石巻まちの本棚の方から、出店快諾のお返事をいただいた。心の準備ができていないけど、楽しめたらいいなぁ。

9月26日(日)くもり

一箱古本市の準備。スリップを印刷して値付けする。午後はブックオフですこし仕入れをし、それとは別に、庄野潤三『プールサイド小景・静物』、それから「三月の5日間」が読みたくて岡田利規の『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を買った。

ゆり
元書店員、現在は文化施設の職員をしています。「ほんの日記」は、毎日書いている日記の中から読書記録などを抜き出したものです。